阿弥陀経 その2
  
  佛説「阿彌陀經」
  (ぶっせつあみだきょう)
          姚秦三藏法師鳩摩羅什奉詔譯
          (ようしんさんぞうほっしくまらじゅうぶしょうやく)
 現代語訳へ

  又舎利弗、(うしゃりほつ)
  彼佛國土、(ひぶっこくど)
  常作天樂、(じょうさてんごく)
  黄金爲地、(おうごんいち)
  晝夜六時、(しょやろくじ)
  而雨曼陀羅華、(にうまんだらけ)
  其國衆生、(そのくにしゅじょう)
  常以清旦、(じょういせいたん)
  各以衣械、(かくいえこく)
  盛衆妙華、(じょうしゅうみょうけ)
  供養他方、(くようたほう)
  十萬億佛、(じゅうまんおくぶつ)
  即以食時、(そくいじきじ)
  還到本國、(げんとうほんごく)
  飯食經行、(ほんじききょうぎょう)
  舎利弗、(しゃりほつ)
  極樂國土、(ごくらくこくど)
  成就如是功徳莊嚴、(じょうじゅにょぜくどくしょうごん)
  復次舎利弗、(ぶじしゃりほつ)
  彼國常有、(ひこくじょうう)
  種種奇妙、(しゅしゅきみょう)
  雑色之鳥、(ざつしきしちょう)
  白鵠孔雀、(びゃっこうくじゃく)
  鸚鵡舎利、(おうむしゃり)
  迦陵頻迦、(かりょうびんが)
  共命之鳥、(ぐみょうしちょう)
  是諸衆鳥、(ぜしょしゅちょう)
  晝夜六時、(ちゅうやろくじ)
  出和雅音、(すいわげおん)
  其音演暢、(ごおんえんちょう)
  五根五力、(ごこんごりき)
  七菩提分、(しちぼだいぶん)
  八聖道分、(はっせいどうぶん)
  如是等法、(にょぜとうほう)
  其土衆生、(ごどしゅじょう)
  聞是音已、(もんぜおんに)
  皆悉念佛、(かいしつねんぶつ)
  念法念僧、(ねんほうねんそう)
  舎利弗、(しゃりほつ)
  汝勿謂比鳥、(にょもついしちょう)
  實是罪報所生、(じつぜざいほうしょしょう)
  所以者何、(しょいしゃが)
  彼佛國土、(ひぶっこくど)
  無三惡趣、(むさんあくしゅ)
  舎利弗、(しゃりほつ)
  其佛國土、(そのぶつこくど)
  尚無三惡道之名、(しょうむさんあくどうしみょう)
  何況有實、(がきょううじつ)
  是諸衆鳥、(ぜしょしゅうちょう)
  皆是阿彌陀佛、(かいぜあみだぶつ)
  欲令法音宣流、(よくれいほうおんせんりゅう)
  變化所作、(へんげしょさ)
  舎利弗、(しゃりほつ)
  彼佛國土、(ひぶつこくど)
  微風吹動、(みふうすいどう)
  諸寶行樹、(しょほうぎょうじゅ)
  及寶羅網、(ぎょうぼうらもう)
  出微妙音、(すいみみょうおん)
  譬如百千種樂、(ひにょひゃくせんしゅがく)
  同時倶作、(どうじぐさ)
  聞是音者、(もんぜおんしゃ)
  皆自然生、(かいじねんしょう)
  念佛念法、(ねんぶつねんほう)
  念僧之心、(ねんそうししん)
  舎利弗、(しゃりほつ)
  其佛國土、(ごぶっこくど)
  成就如是功徳莊嚴、(じょうじゅにょぜくどくしょうごん)
  

  (現代語訳)
    
    
    「どうだ、舎利弗よ。
    かの仏さんの世界では、
    つねにすばらしい音楽がなりやまず
    大地はアスファルトではなく黄金じゃ
    昼と夜に6度もお花の雨が降ってくる
    これには薔薇に埋もれた三輪明宏もびっくりじゃ。
    ラジオ体操のように
    毎日すばらしい朝がきて
    みんなはそれぞれの器に美しいお花をいけて
    他の世界の十万億の仏さんを供養しにいく。
    食事の時は帰ってきて
    世界の平和を願い、お経を読んで、座禅をする。
    舎利弗よ
    ゴクラクの世界は
    このような功徳でできていて
    それはとても言葉では説明できない
    美しさじゃ。」

    「そんでもって、舎利弗よ。
    そのゴクラクには、いろんな、
    色とりどりの美しい鳥たちが飛んでいる。
    ハクチョウやクジャク、オウムに
    ゴクラクチョウ・・・・・
    こいつらが、昼と夜に6度も集まって
    とても優雅に合唱する。
    この歌は「悟り」に到るまでの理
    五根・五力・七菩提分・八聖道分等
    を言葉ではなく示し、そのゴクラクのみんなは
    これを聞き終えるまで
    「仏」を想い
    「法」を想い
    「僧」を想うわけじゃ。」

    「舎利弗よ
    勘違いしてもらうと困るのじゃが
    こいつらは悪い事をしたから鳥に生まれたのではない。
    なぜならそもそもゴクラクには
    三悪趣がない。
    だから「地獄」「餓鬼」「畜生」などという区別などない
    それらの鳥は
    これすべて実体がない。
    みんなアミダさんの説法をきいてもらおうとする
    バーチャルリアリティのようなものだ。
    舎利弗よ
    ゴクラクでは
    おだやかなそよ風がふきわたり、
    並木は宝の実をたれ
    飾り網はクレオパトラの衣擦れのように美しい音だ。
    それはオーケストラが同時に合奏するような感じだ。
    言葉ではないその真理の音で
    みんな自然と
    「仏」を想い
    「法」を想い
    「僧」を想う。
    ナンマンダーと
    その功徳はこのようなすばらしい風景すら
    可能にしてしまうわけじゃ。」



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