馬頭観音

馬頭観音
今年の競馬はディープインパクトの話題で持ちきりでした。馬頭観音は競馬場にいくと、どっかに必ずいらっしゃる。派手な活躍する馬などほんの一握り、その影には、活躍できず食用にされるたくさんの馬達がいる。ビジネスである以上、われわれ日本人は馬肉を食べる以上、それは仕方がないことです。馬頭観音はレースの無事、予後不良馬の慰霊、罪悪感の減少といった意味で競馬場にいらっしゃるわけです。
馬頭観音はサンスクリットでは「ハヤグリーヴァ」といいます。「リグ・ベーダ」のペード王の愛馬パーイドヴァが起源という説があります。とにかく馬が神格化されたのは間違いありません。写真じゃあまりわかりませんが、三面三目八臂が多い。3つの顔と3つの目、8本の手、頭の上にはぴょんとお馬さんがいらっしゃいます。
観音さまの変化の姿は女性的なものや中性的なものが多いのですが、馬頭観音は「憤怒」の相です。そのことから「馬頭明王」と呼ばれることもあります。怒っているという事はご多分にもれず、仏敵を退散させるということです。
馬頭観音はよく道端にもいらっしゃいます。牛馬が交通手段として用いられていた頃、その守り神、慰霊の意味でたてられました。
大泉学園町にある「力持ち惣兵衛の馬頭観音」は丸い石に、「馬頭観世音」と彫られているちょと変わっているものです。
力持ちの惣兵衛はお侍に
「おい、惣兵衛その大きな石をもちあげたらおまえさんにやるよ。」と言われた。
惣兵衛は軽々と大きな石を持ち上げ、 約束通り大きな石をもらう。
馬の背に大きな石を載せ、家路についたが、
もうすぐ我が家というところで、馬は力尽き石におしつぶされた。
惣兵衛は大変後悔して
丸い石に「馬頭観世音 天保十一庚子年九月 加藤惣兵衛」
と彫り、馬の供養とした。
自動車が馬にとってかわり、交通手段の要になったのは、ほんの60〜70年の前の事。それまでは馬頭観音に見守られながら、駿馬は「フェラーリ」のように道を走っていたのでしょう。



