観音経 その5
  
  妙法蓮華経觀世音菩薩普門品第二十五
  (みょうほうれげきょうかんぜおんぼさつふもんぼんだいにじゅうご)

  是故衆生(ぜこしゅじょう)
  皆應受持觀世音菩薩名號(かいおうじゅじかんぜおんぼさみょうごう)
  無盡意(むじんに)
  若有人(にゃくうにん)
  受持六十二億恒河沙菩薩名字(じゅじろくじゅうにおくごうがしゃぼさつみょうじ)
  復盡形(ぶじんぎょう)
  供養飲食(くようおんじき)
  衣服(えぶく)
  臥具(がぐ)
  醫藥(いやく)
  於汝意云何(おにょいうんが)
  是善男子(ぜぜんだんし)
  善女人(ぜんにょにん)
  功徳多不(くどくたふ)
  無盡意言甚多世尊(むじんにごんじんたせそん)
  佛言(ぶつごん)
  若復有人(にゃくぶうにん)
  受持觀世音菩薩名號(じゅじかんぜおんぼさみょうごう)
  乃至一時禮拝供養(ないしいちじらいはいくよう)
  是二人福(ぜににんふく)
  正等無異(しょうとうむい)
  於百千萬億劫(おひゃくせんまんおくごう)
  不可窮盡(ふかぐうじん)
  無盡意(むじんに)
  受持觀世音菩薩名號(じゅじかんぜおんぼさみょうごう)
  得如是無量無邉福徳之利(とくにょぜむりょうむへんふくとくしり)


  (和訳)

  是の故に衆生は、
  皆応に観世音菩薩の名号を受持すべし。
  無盡意よ、
  若し人ありて六十二億恒河沙の菩薩の名字を受持し、
  復た形を尽くすまで、飲食、衣服、臥具、医薬を供養せんに、
  汝が意に於て云何。
  この善男子善女人の功徳は多きや否や。
  無盡意の言さく、甚だ多し世尊。
  仏の言く、若しまた人ありて観世音菩薩の名号を受持し、
  ないし一時も礼拝供養せんに、
  是の二人の福はまさしく等しくして異なること無けん。
  百千万億劫に於いても窮め尽すべからず。
  無盡意よ、
  観世音菩薩の名号を受持せば、
  是の如く無量無辺の福徳の利を得ん。



  (解説)

   観音さまを受持(じゅじ)するというのは
   どういうことでしょう。
   
   これは私流の解釈です。
   まず、「信じなければ始まらない。」ということだと思います。
   驚きの連続の観音さまですが
   それでも我々はそのような慈悲をもった
   大きななにかに守られているということだと思います。
   日本人はそのような状態を愛する民族です。
   個の主張より
   談合して全体の調和を図る。
   根回しで混乱の回避を図る。
   現代では悪とされるこうした事により
   自分を殺し、全体の調和を守ってきました。
   そこから、義理と人情が生まれ
   武士道が生まれ、俳句が生まれ、落語が生まれ、
   日本的な利他の精神を培ってきたのです。

   アメリカがジャイアンなら
   日本はのび太です。
   せめてプライドはもっていたいものですし、
   それこそ「南無観世音菩薩」でしょう。

   会議、討論など日本人には向かないのです。
   相手をノックアウトしてはいけません。
   腹を割った話などしてはいけません。
   あやふやにあいまいに
   NOと言えなくて何が悪いんだと思うわけです。



  (現代語訳)

   「だからこそ人々は
   観世音菩薩の名前を胸にきざみ
   いつも観音さまとともにあるべきじゃ。」

   「無尽意菩薩よ、
   もしガンジス川の砂の数程の菩薩を信じ、
   一生かかって、いろんなものを
   お布施したとする。
   このまじめな人の功徳は多いか少ないか?」

   無尽意菩薩は
   「そりゃその功徳は
   大変だとおもいますよ。」

   お釈迦さんは
   「もし別のある人が
   ほんの少しだけでも
   観音様の徳を思い、心に念じたら、
   さきほどのまじめな人と
   まったく同じ功徳を受けることができる。
   百千万億劫(一劫=4億3千万年)の長い間
   、観音さまの功徳を讃え続けたとしても
   観音様の有難さは語りつくせないんじゃ。」


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