観音経 その8
  
  妙法蓮華経觀世音菩薩普門品第二十五
  (みょうほうれげきょうかんぜおんぼさつふもんぼんだいにじゅうご)

  應以天(おういてん)
  龍(りゅう)
  夜叉(やしゃ)
  乾闥婆(けんだつば)
  阿脩羅(あしゅら)
  迦褸羅(かるら)
  緊那羅(きんなら)
  摩ご羅伽(まごらか)
  人非人等身得度者(にんぴにんとうしんとくどしゃ)
  即皆現之而為説法(そくかいげんしにいせっぽう)
  應以執金剛神得度者(おういしゅうこんごうじんとくどしゃ)
  即現執金剛神而為説法(そくげんしゅうこんごうじんにいせっぽう)
  無盡意(むじんに)
  是観世音菩薩(ぜかんぜおんぼさ)
  成就如是功徳(じょうじゅにょぜくどく)
  以種種形(いしゅじゅぎょう)
  遊諸國土(ゆうしょこくど)
  度脱衆生(どだつしゅじょう)
  是故汝等(ぜこにょとう)
  應當一心供養観世音菩薩(おうとういっしんくようかんぜおんぼさ)
  是観世音菩薩摩訶薩(ぜかんぜおんぼさつまかさつ)
  於怖畏急難之中(おふいきゅうなんしちゅう)
  能施無畏(のうせむい)
  是故此娑婆世界(ぜこししゃばせかい)
  皆號之(かいごうし)
  為施無畏者(いせむいしゃ)



  (和訳)

  応に天・龍・夜叉・乾闥婆・阿脩羅・迦褸羅・緊那羅・摩ご羅伽・人非人等
  の身を以って得度すべき者には、即ち皆之を現じて、
  而も為に法を説きたもう。
  応に執金剛神を以って得度すべき者には、
  即ち執金剛神を現じて、而も為に法を説きたもう。
  無尽意よ、この観世音菩薩は、是の如くの功徳を成就し、
  種々の形をもって諸の国土に遊び、
  衆生を度脱したもう。
  是の故に汝等応当一心に観世音菩薩を供養すべし。
  是の観世音菩薩摩訶薩は、
  怖畏急難の中に於いてよく無畏を施したまう。
  是の故に此の娑婆世界みな之を号して施無畏者となす。




  (解説)

   まずでてくるのが天竜八部衆です。
   人間ではないこれらも
   仏教はその中道精神から敵対せず
   仏法の守護者としてとりこみました。

   天・・・・ 弁財天、吉祥天、大黒天

   龍・・・・ これはアジア共通であり、蛇が神格化されたもので
         インドには竜の王ナーガがいらっしゃいます。
         水と深いかかわりがあります。
   
   夜叉・・・ こちらをご覧ください

   乾闥婆・・サンスクリットでガンダルヴァ
         帝釈天に使えていて
         お香が主食、音楽を奏でると
         なんと蜃気楼ができるそうです。

   阿脩羅・・ こちらをご覧ください

   迦褸羅・・ サンスクリットでガルーダ
          ナーガが宿敵です。
          鳥が神格化されたもので
          翼を広げると336万里ですから、
          とんでもなく大きな鳥です。

   緊那羅・・ サンスクリットでキンナラ
          こちらはどちらかというと小鳥が  
          神格化したものです。
          人頭馬身、もしくは馬頭人神です。
          帝釈天に仕え、音楽を奏でます。
   
   摩ご羅伽・ サンスクリットでマホガラ
          こちらも蛇が神格化されましたが
          龍よりは控えめです。
          日本でいううわばみなどが神格化されたようです。
   
   執金剛神・・こちらをご覧下さい

   施無畏・・・・これは安心をあたえるという事です
           宮澤賢治は「観音さま」になりたいと
           「雨ニモ負ケズ」という詩を書きました。
           そういう人にわたしはなりたい
           のですから、賢治はまだまだだと
           自分の至らなさを痛感しながら
           書いた詩ではないでしょうか?



  (現代語訳)

   「天・龍・夜叉・乾闥婆・阿脩羅・迦褸羅・緊那羅・摩ご羅伽・
   これら人非人の姿で得度すべきものには
   観音さまはすぐにそれらの姿であらわれ
   説法してくれるんじゃ。」

   「執金剛神の姿で得度すべきものには
   観音さまはすぐに執金剛神の姿であらわれ
   説法してくれるんじゃ。」

   「無尽意よ
   観音さまはこのようにすばらしい功徳をかなえてくれ
   様々なお姿で、いろいろな国にあらわれ
   衆生を救済してくれるんじゃ。」

   「だからこそ、みんな誠心誠意観音さまを供養すべきじゃ
   このすばらしい観音さまは
   不慮の災害や事故や不安などにも
   動じない安心をあたえてくれる。
   だからこそ、この世のみんなは
   彼を称して
   「施無畏者」と呼ぶんじゃ。」


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