はじめに

なぜ人がなくなると葬儀をするのでしょうか?まわりの皆さんが葬儀をしている。ああうちもお寺さんをよんでお経をあげてもらわなければ・・・。

お寺さんをよべばお金がかかる。お布施は普通どのぐらいつつむもんだろう?お寺さんには失礼ないようにしなければならない。お経を読む場所もきれいにかざらなければならない。お寺さんだけではなく親戚縁者みんながご焼香にくる。

ああ恥だけはかきたくない。

そこでは恥ずかしくない葬儀が展開していきます。

葬儀屋、墓石屋、返礼品屋・・・はまずそこに目をつけます。こうすれば恥ずかしくありません。それは程度の差こそあれこれからも変わっていくことはないでしょう。


人の死という永遠の謎と家族が直接向き合うのは葬儀も終わり、社会的な手続きもすべて終えた後ではないでしょうか?多分人類が滅亡する最後のときまで、人は死んだらどうなるか?の答えはでないと思います。

感覚知覚すらないまさしく”ゼロ”の状態が無限につづいていく。そこからわれわれは恐怖しか感じません。宗教はこの恐怖心を様々な手法で増長させたり(地獄、餓鬼道のイメージ)、逆に緩和させたり(天国、浄土、輪廻からの解脱、・・)しながら、最終的には”ゼロ”ではないなにかを提示し、恐怖心を軽減させる処方箋だと思います。

答えがないからこそそこには多数の処方箋が生じます。キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教、道教、儒教、神道・・・・、そこからさらなる教義論争がはじまり、それではなにが正しいのだ?

軸をひとつの宗教宗派に限定すれば、世界中のその他の宗教宗派の人々は、その増長されたイメージのなかで、地獄などにおちて行くことになります。

その宗教を信じた人たちだけの天国、浄土、解脱、仏国土でしょうか?


日本人は宗教心がかけていると揶揄されます。しかし、なぜか葬儀のときはお寺さんに読経を依頼します。

檀家制度の残滓だけでしょうか?きもちがわるいから、お寺さんにお経をよんでもらうのでしょうか?

わたしも実はよくわかりませんでした。

ただ、お布施が不透明だとおもうなら、自分の家の宗派についてもう少ししらべてみてはとおもいます。”坊主まるもうけ”だなどというぐらいならお寺さんによる読経はなくてもいいはずです。

わたしなりに調べた各宗派や神仏お経などについて以下に記します。

ヒトゲノムの解析が終わり、クローン人間が誕生しようとしている。アメリカでは自分を食べさせれた牛が狂牛病の名の下に何万頭も処分されました。脳死は人の死であるのか?人間が人間に「死刑」を宣告していいのだろうか?

新しい生命倫理や価値観が必要とされる今、自分達の生死観をみつめなおす作業も必要ではないでしょうか。

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