湯島3丁目

 湯島3丁目はなんといっても湯島天神でしょう。
 あとはやはりラブホテル
 このあたりは天神芸者の花街で、
 待合や置屋などが多かったそうです。
 ですから現在もラブホテルが多いのでしょう。

 とにかく坂が多いので、移動も坂を上ったり下りたりになります。
 寺社仏閣としては、妻恋神社、天台宗心城寺、湯島天満宮(湯島天神)
 昔の町名は三組町、湯島天神町です。
 
名称をクリックすれば移動します。
青文字の所にはリンクが貼ってあります。

妻恋坂 妻恋神社 東京日立病院 三組坂
ホテル江戸屋 全国家電会館 中坂 つる瀬
心城院 復興地蔵尊 男坂 湯島天満宮
切通坂 おんな坂 夫婦坂 天神図書室
実盛坂 大佐和 千代田線 湯島駅


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●妻恋坂
妻恋坂 新妻恋坂
妻恋坂 新妻恋坂

 ●妻恋坂
 文京区湯島3丁目1と2の間

 もともとこのあたりにあった霊山寺の開山和尚
 大越和尚にちなんで
 大越坂と呼んでいたらしいのですが、
 明暦の大火(1657)で、霊山寺は浅草に移ってしまいます。
 そのかわり、湯島天神町から
 妻恋神社がこの坂の上のほうに移りました。
 「妻恋坂」と呼ばれるようになるのはその後です。

 ●新妻恋坂
 文京区湯島3丁目1の南側蔵前通り

 関東大震災の後、蔵前橋へまっすぐ通じる
 「蔵前橋通り」ができました。
 妻恋坂に平行しているので、
 この坂を新妻恋坂とよぶようになりました。
 

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妻恋神社
妻恋神社 鳥居 妻恋神社と夢枕の説明
妻恋神社 妻恋神社と夢枕
妻恋稲荷 妻恋神社 本社
妻恋稲荷 本社
馬頭観音 石碑 社務所
馬頭観世音の石碑(写真じゃ読めません) 社務所
妻恋神社 内 お地蔵さん
妻恋神社のなかにお地蔵さん(水子供養)

 ●妻恋神社
 東京都文京区湯島3-2-6

 神社なのですが馬頭観音の石碑
 水子供養のお地蔵さん
 と仏教の菩薩さんもいらっしゃいます。

 「ヤマトタケルの東征、
 三浦半島から房総半島への船旅の際
 大暴風雨に会い、妃の弟橘姫が身を海に投げて、
 海神の怒りを鎮め、尊の一行を救った。
 
 途中尊が、湯島の地に滞在したので、
 郷民は、尊の妃を慕われる心をあわれんで、
 尊と妃を祭ったのがこの神社の起こりと伝える。

 後、ウガノミタマノミコトを祭った。

 江戸時代関東惣社と名のり王子稲荷と並んで
 参詣人が多かった。また正月二日の晩に
 枕の下に敷いてねると、よい夢をみるという
 縁起物の木版刷りの「夢枕」が売り出された。

 ”お宝お宝と大音声に呼ばわったり”
 「福寿鶴亀」と「七福神の乗合宝船」の二枚の夢枕は、
 万治年間(1658〜61)に創案され
 当社が版権を所有していた。
 版木は戦災で、焼けたと思われていたが、
 昭和52年12月摺師の家で見つかった。
 幻の夢枕は、関係者によって日の目を見て、
 売り出されるようになった。」

 と説明されていました。

 実はラブホテルに囲まれている
 ちいさい神社なのですが
 なんとも古い歴史をもった神社なのでした。

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東京日立病院
東京日立病院 東京日立病院
 
 ●東京日立病院
 〒113-0034 東京都文京区湯島3-5-7
 TEL 03-3831-2181
 
 住宅地のなかにありますので、
 少しわかりずらい場所にあります。
 創業者 日立の創業者
 小平さんの宅地を病院にされたそうです。

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三組坂
三組坂 三組坂 説明
三組坂 下り

 ●三組坂
 文京区湯島3丁目中程

 写真じゃこれも今ひとつなのですが、
 とても急な坂です。車では下り方向の一方通行になります。
 
 1616年に徳川家康は駿府でなくなりました。
 家康お付きの中間(ちゅうげん)・小人(こびと)・駕籠方(かごかた)
 の「三組」の者、(今でいう宮内庁の役人でしょう。)
 は江戸へ帰り、当地へ屋敷地を賜ります。
 駿河から帰ったので、このあたりはもともと
 駿河町と呼ばれていたそうです。

 1696年には三組の由来を思い出し、
 町名は「三組町」となったそうです。

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●ホテル江戸屋
ホテル江戸屋
ホテル江戸屋

 ●ホテル江戸屋
 113-0034 東京都文京区湯島3-20-3
 TEL 03-3833-8751
 FAX 03-3833-8759
 
 三組坂の上の方にあります。
 ラブホテルに囲まれ、営業も大変でしょうが、
 独自のプランで商売されています。

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●全国家電会館
全国家電会館 全国家電会館 2

 ●全国家電会館
 〒113-0034 東京都文京区湯島3-6-1
 TEL 03-3832-4291

 会議などで利用されているようです。
 パソコン教室も開かれているようですが、
 なにせ葬儀屋ですので利用した事はございません。

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●中坂
中坂 中坂 右 湯島の里
中坂下り 右に入ると湯島の里です。
中坂 説明 中坂 上
中坂上

 中坂(仲坂)
 〒113-0034 東京都文京区湯島3-19と21の間

 釈 迢空(折口 信夫)の歌が説明にのっています。

 まゐり来て とみにあかるき世なりけり
  町屋の人のその人の顔かな
 
 「中坂は妻恋坂と天神石坂との間なれば
 呼名とすといふ」
 
 江戸時代には二つの坂の中間に新しい坂ができると、
 中坂となづけた。したがって中坂は二つの坂より
 後にできた新しい坂ということになる。
 

 湯島天神の門前町として発達した盛り場で、
 かつては置屋・待合などが多かった。
 ともあります。


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●つる瀬
つる瀬
こちらは校庭の方になります。 こちらが正門だとおもいます。

 ●つる瀬
 〒113-0034 東京都文京区湯島3-35-7
 TEL 03-3833-8516
 FAX 03-3833-8517
 
 豆大福・豆餅が有名です。
 切通坂の下、天神下の交差点にあります。

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●心城院
心城院 本堂 心城院 お地蔵さん
心城院(本堂) お地蔵さん
心城院 梵字 心城院 入り口

 ●心城院
 〒113-0034 東京都文京区湯島3-32-4
 TEL 03-3831-1350

 聖天(しょうでん)さま(大聖歓喜天)がご本尊です。
 (秘仏です。)
 菅原道真は冤罪により九州に流されますが、
 聖天さまに神頼みします。

 1694年、道真公と因縁のある大聖歓喜天を
 湯島天神境内に勧請したのが、心城院の開基です。

 現在は大変小さなお寺さんですが
 神仏分離前までは大変広い境内を有していたそうです。


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●復興地蔵尊
復興地蔵尊 復興地蔵尊 由来
復興地蔵尊 復興地蔵尊の由来

 復興地蔵尊
 男坂の前

 「1923年9月1日の関東大震災は東都に
 未曾有の惨禍をもたらした。
 当時の町会長を中心として有志は罹災者の安寧と
 早期復興を願い、三百年来火伏寺として伝統を持つ
 心城院の協力を得て、災害復興地蔵尊(向かって右側)を
 当地に建立し、震災で亡くなった方々の冥福と
 地元の平和発展を祈った。

 その後1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲には、
 隣接町会がほとんど焼土と化した中で、
 当町会は、一軒の損失もなくその難を免れた。
 これは、お地蔵さんの御加護によるものと、
 往時の人々の心に深く刻まれた。

 左に奉安の尊像は、戦後復興の兆しがみえてきた頃のある朝
 出現された。由緒こそ定かでないが
 お心安らかなそのお顔は、いつしか、幸せを呼ぶ地蔵尊として
 親はれているこの二体の地蔵尊は、
 地元 天二町会をはじめ近隣地域の
 大切な守護尊として、その繁栄を見守っています。
 毎年9月1日には
 宝前で供養会が営まれます。」

 とあります。
 どこからともなくいらっしゃたお地蔵さんというのが
 素敵です。
 とてもちいさなお地蔵さんは二体で力を合せて
 これからも近隣を見守っていくのでしょう。

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●男坂
男坂 天神男坂 説明
男坂

 ●男坂 

 38段の石段坂ですが、かなり急な坂です。
 もともと、湯島天神参拝のための坂でしたが、
 本郷から上野広小路に抜ける通り道になったそうです。
 参拝の方は切通坂方面からの方が多いのではないでしょうか。

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●湯島天満宮
湯島天満宮 参道 油島天神 本社
参道 本殿
油島天満宮 授与所 男坂方面 鳥居
授与所 男坂方面鳥居
講談高座発祥の地 湯島天神 石碑
講談高座発祥の地
湯島天神 文房具の碑 湯島天神 庭園
文房具の碑(正式名称はわかりません)
奇縁氷人石 湯島天満宮 渡り
奇縁氷人石
湯島天神 銅鳥居 銅鳥居 足元
銅鳥居 銅鳥居の足元
宝物殿 狛犬
宝物殿 狛犬
ガス灯 ガス灯の説明
ガス灯 ガス灯の説明
梅香殿脇
梅香殿脇、神輿がはいっています

 湯島天満宮(湯島天神)
 〒113-0034 東京都文京区湯島3-30-1
 TEL 03-3836-0753
.
 だいたい日本の寺社仏閣は、慰霊のため建てられる事が多いのですが、
 天満宮も「菅原道真」公の御霊(みたま)のタタリをおそれ、
 御霊安らかにと建てられたものです。
 道真公は出世コースを邁進し、
 数々の昇進試験を突破しています。
 その学力、まさに「学問の神」としてふさわしい。
 湯島天神も初詣では、長蛇の列
 やはり受験も最後は神頼みなのかもしれません。

 数々の碑がありその一つ一つを
 説明するとこれを読む方も
 書く私も疲れてしまいます。
 ですから公式ページを参照していただきたいのですが、
 なにせトップページ以外にリンクが貼れませんので
 上の湯島天満宮をクリックし、
 ウィキペディアから公式ページをご覧になってください。
 
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●切通坂
切通坂 切通坂

 ●切通坂
 湯島3丁目と4丁目の間

 新選東京名所図会(明治40年刊)には
 「麟祥院前の大通りに当り上野公園に至る通路なれば、
 頗る繁華なり。南部に猿が飴袋を携へ、
 台木にかがめる看板を置ける商店あり、
 猿飴として名高い。六番地に江知勝と唱ふる牛肉店。・・・・」
 とあります。

 「湯島の白梅」の3番には
 「青い瓦斯燈 境内を 出れば本郷 切り通し・・・」
 当時大変有名になったそうですが、
 なにせ昭和17年の歌ですから、・・・・・。
 
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●おんな坂
おんな坂 おんな坂 階段

 ●おんな坂
 男坂と直角に交わります

 石垣の横を段々とのぼりますが、
 こちらは男坂とは違い、ゆったり登れます。
 占いの方がいらっしゃいました。


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●夫婦坂
夫婦坂  夫婦坂 階段

 ●夫婦坂
 切通坂に面して

 カップルで湯島天神を参拝すれば、
 男性が男坂をのぼり
 女性がおんな坂をのぼる。
 ぱんぱんとお参りしたあとは、
 仲良く夫婦坂をくだる。

 そんな仲のよいカップル、ご夫婦ならいいのですがね。・・・・

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●天神図書室
天神図書室

 ●天神図書室
 〒113-0034 東京都文京区湯島3-20-7
 TEL 03-3837-1003

 ビルの一階の奥の方にあり、
 少しわかりずらいのです。
 てんじんとしょしつとひらがなで書いてありますので、
 児童書関係が充実しているようです。

 
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●実盛坂
実盛坂 遠くから 実盛坂 説明
実盛坂 下り

 ●実盛坂
 湯島3-20と21の間

 これまた登る気が失せる坂です。
 写真でもいかに急かは確認できます。

 説明では、どうやら都市伝説として
 実際にはなかった、長井庄や首洗い井戸や実盛塚が
 この地にあったと伝えらていったようです。
 
 斎藤別当実盛は平家に味方をした武将ですが、
 72歳の齢をかくすため、髭を染め、髪を黒くした。
 
 老兵としてさらず、立ち向かい、かつて命をたすけた
 光盛に討たれる。
 
 なんとも悲しい話です。

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●大佐和
大佐和 お茶やさん

 ●大佐和
 〒113-0034 東京都文京区湯島3-36-5
 TEL 03-3831-8285

 老舗のお茶屋さんです。
 葬儀の際、会葬御礼としてお茶を
 お渡しするのですが、
 やっぱりお茶は大佐和さんという方
 本郷、湯島には結構いらっしゃいます。

 
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●千代田線 湯島駅
千代田線 湯島駅 湯島駅 A5 出口
A3 天神下交差点 A5 湯島3丁目方面

 ●東京メトロ千代田線 湯島駅
 出入口は全部で6ヶ所あります。

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